「……来たわね」  丑三つ時。  町の明かりも届かない草原の真っ只中で、2つの影が対峙していた。  一つは小柄な少女、もう一つは得体の知れない何か――怪物、と呼んでおこう――だ。  ぶつぶつと気味の悪い音をたてながらゆっくり這うそいつは、まるで液体のように形を変えながら、時折黒い塊を滴らせている。  そして五秒か、十秒か。妖怪の影が突如盛り上がった瞬間。 「!」  少女が細い右手を天に向かってすっと上げ、短く叫んだ。  まるで雲の向こうの何かを呼ぶように。  そして、その手を振り下ろす。  ――少女の指先が燃え上がった。……としか言いようがない。  炎は瞬く間に右手を覆い隠し、激しく燃え盛る。  少女は燃える右腕をちらと見やると、ぎりぎりまで迫っていた怪物に向かって振りぬいた。  一瞬の静寂。  妖怪は、瞬く間に炎に包まれた。 「……ギシャアア!」  耳障りな断末魔を残し、黒い塊は何もなかったかのように消えうせる。  少女はそれを見届けると、ゆっくりと右手を下ろした。  その腕は既に焼き尽くされたかと思われたが、不思議なことに傷一つない。そこには元の細い腕があるだけだ。 「浄化、完了」  無感情な声でそう呟く少女の瞳は、怪しく光を放っていた。  生暖かい風がざあっと草原に吹き抜ける。 *** 「……うむむむむ」  午前七時半。  ライトアップされた洗面所で、唐突に唸る俺。  原因は曇った鏡の中だ。  そこに映るのは、いつもの寝ぼけた俺のツラで間違ってない。  目の下にクマ、ついでに頭がスーパーサ○ヤ人状態であることを除けば、それなりに悪くはないと思う。  なのになぜ。 「全くモテないんだ……?」  彼女いない暦15年、コクられた回数0回、ついでにバレンタインにチョコをもらった回数も0回。  そうなのだ。  俺はとことん恋愛運が悪いのだ。  もちろん少しでもイメージを良くするためにいろいろやってみた。  ギターやベースはお手の物だし、運動もサッカー野球バレーボールバスケ水泳陸上なんでも人並みにはこなせる。  それなのに女子のウケは全く良くない。  俺は悔し紛れに歯ブラシに思いっきり力を入れた。  ガッ!  そしてまた今日も、口の中に酸っぱい味が広がる。  恐る恐る鏡で見てみると、案の定歯茎からは血が出ていた。  ……アレか、モテようなんて願望を持った自分への天罰か。 「でも思春期だし、そんな願いの一つや二つ持ってもいいじゃないか、なあ?」  誰に問いかけるわけでもなく呟きながら、痛む口内を冷たい水ですすぐ。  なにげなく鏡越しに時計を見ると、時刻は既に七時半。 「……やべ、遅刻!」  俺は顔を洗うことを諦め、とっとと制服に着替えるべく廊下をダッシュした。  俺の名前は竜川昇。  ごくごく普通で平凡な生活を送る中学三年生だ。  郊外のボロいアパートに親子3人で住み、両親が共働きなので家事はほとんど俺がやらなければならないという少し不幸な環境で育った。  俺や両親に変な裏設定があるわけでもなく、近くに心霊スポットや面白そうな店や騒音おばちゃんの住むアパートがあるわけでも心ときめく恋があるわけでもないあまりにも平凡な生活を毎日毎日ぐたぐたとエンドレスに繰り返している。……それがかなり嫌だ。  ついでに言えば思春期の身、せめて恋の一つや二つしてもいいじゃないかと少し……いや正直結構ブルーな気持ちだ。  ま、何かドキドキワクワクするイベントはあるまいかー、と探しても道端に転がっている訳でもなし、今日も結局鬱々と学校に向かうしかない。  適当に畳の上にぶん投げてあったカッターシャツを拾い上げ、裏表も確認せずに袖を通す。  それからどっかの民族舞踊のように盛大によろめきながらズボンに脚を通し、チャックを無理やり閉める。  靴下を履きベルトを締めれば登校スタイルの完成だ。  鞄の中を確認することもなくふたを閉めて引っつかみ、 「行ってきまーす」  カタパルトのように玄関から飛び出す。  全身に柔らかな光が降り注ぎ、思わず目を眇める。  初夏の風は身に心地よく、俺は立ち止まって盛大に伸びをした。  まるで絵に描いたような快晴である。  空に向かって突き上げた手を太陽にかざすと、真っ青に澄み渡った空が指と指の間に覗き、なんだか今日の幸せを約束してくれるような気がした。  今日はいいことがあるかもな、と気合を入れてみる。  ……まあ、実際はそんなことはないのだが、それを思うとまた沈みそうなので俺は歩調を速め、いつしか学校へ全速力で駆け出していた。  見慣れすぎた住宅街が後ろへ後ろへと流れていく。  髪を靡かせて軽く飛ばし、のろのろと歩く小学生たちを何人か抜きながら、曲がり角をドリフトするみたいに体を傾けて駆け抜ける。  住宅街のど真ん中に俺たちの高校はあり、春のころはよく入り組んだ道に方向が分からなくなったりしたものだが、今はもう完全に通学路を暗記したつもりなので迷うことはない。  しばらく行くと、また十字路。  俺はスピードを緩めることなく左の道に飛び込んだ。  ………………。 「どわーっ!」 「きゃああああっ!」  一瞬この世の全ての動きがスローモーションになったような感覚に襲われた。  だが勢いつけて曲がった十字路の先に一瞬白いものが見えたと思ったときにはもう遅かった。  こいつはまずいと思った瞬間、慣性の法則に則って俺の体は止まることのないまま前方を歩いていた華奢な女子高生の背中にタックルをかましていたのだ。  いやまずい、まずいまずいまずい。倒れるな。持ちこたえろ。  俺の願いも空しく、小さな体は盛大によろめき、甲高い悲鳴とともに地面に放り投げられた。  ずざざっ、と何かを擦る音が聞こえ、脇に大事そうに抱えていたエナメルバックが勢い欲く地面に落下する。  呆然としたのは一瞬だ。  俺はすぐそいつの所へ駆け寄った。 「大丈夫か!? わ、悪い!」  なんだか触るのは憚られ、とりあえずエナメルバックについた砂を払って差し出してやる。 「…………っ」  しかし女子高生のほうは一向に起き上がる気配がなかった。  想像以上に強烈だったらしい。  さすがの俺も本格的に焦りだす。 「もしかしてケガしてるのか!? 立てるか? それとも救急車呼ぼうか?」 「……大丈夫、です」  ようやく言葉を発する少女。  鈴のようなかわいらしい声色だ。――ってそうじゃなくて。 「あ、いえ、大丈夫です……本当になんでもないです。ごめんなさい」  ポニーテールの栗色の髪を揺らし、なぜか謝りながら立ち上がる少女を見て、俺はおやと思う。  俺の学校のセーラー服じゃない。  ……ということは、別の学校の生徒か?……いや、ここらへんに高校はここしかないはずだ。  もし別の高校の生徒が何かの理由でここにいるのだとしても今から歩いて行って間に合うような時刻ではな 「って、遅刻!」  俺はそこまで考えてはたと気がつき、慌てて腕時計を見る。 「あああっ、ご、ごめん、本当にごめん! 遅刻するからもう行かないと!」  後ろ歩きしながら謝るというちょっと高度なテクニックっぽいものを披露した俺は、再び全速力で駆け出した。  後ろを振り返る余裕もなく、その後どうなったかは結局分からなかったが、慌てて昇降口に飛び込んだとき、既に時計は八時半。完全に遅刻だった。  更にその後の説教やら忘れ物やらのドタバタで結局朝のちょっとした事故の記憶は頭の片隅からも消え去ってしまった。 「……ふー」  そしてなんとか間に合った朝のホームルーム。  やっとつかの間の安らぎを得た俺は力なく椅子にへたり込んだ。  壇上では歳のいったオッサン教師が今日の予定についてべらべらとしゃべくっているが、朝からこの調子では午後まではとうてい持ちそうにない。  遅刻した上に忘れものまでするし、そのせいでお前は不真面目すぎると生徒指導からこっぴどく叱られるし――結構真面目にやっているつもりなのだが――おまけに登校途中には―― (そういえば、あいつ大丈夫だったのか?……はあ)  忘れかけていた事故を思い出し、さらにブルーになる。  もう一度溜息をつきかけた時、後ろにいる奴が俺の背中をつついてきた。  首を動かすのも面倒くさかったが一応振り向いてやると、 「よっす、たっちゃん」  軽薄ハンサム面が嬉しそうに右手を挙げていた。  中学に上がってからの友人、大石稔。オタク、ゲーマー、ロリコン、運動神経ゼロ。なのに美形で成績も悪くないのが憎い。特に親しいというわけではないのだが、どちらも友達の少ない暇人同士、よくつるんでいる。 「今日も遅刻かよ? 朝何時に起きた?」  嬉々として質問を繰り出してくる稔に、俺は忌々しげな視線だけを送り込んでやる。  稔は一瞬ぷっと笑ったが、またいつもの薄笑いの顔に戻り、机越しに身を乗り出してきた。 「なあ知ってるか? 今日結構レアなイベントがあるらしいぜ」  人を馬鹿にするような笑い方に一瞬むっとしたが、 「何だ? もったいぶるな」  と聞いてやる。  するとその途端、稔は眼をギラギラ輝かせながら更に顔を接近させる。 「決まってるだろう? 転校生だよ転校生! しかも女子!」 「……お前は一体何を期待しているんだ?」  俺は近づいてきた分身を引きつつ精一杯の呆れた声で訊ねてみた。  ま、こういうときのこいつの反応は決まっている。 「そりゃお前学園モノのギャルゲのようないちごのショートケーキ級に甘い物語に決まってるだろう?」  俺は盛大に溜息をついて 「バカヤロ」  と突っ込んでやった。  こいつの場合、こんなことをマジで言うんだからな。多分こういう奴をダメ人間というのだろう。    それにしても、転校生?     ふむ。  ま、純粋に期待はしてみる。男として。ついでに言えばこれで美人じゃなかったら本当に今日は持たなさそうだ。 「あー、今日は転校生が来るぞ。入りなさい」  間もなく、禿げかけた中年教師の間延びした声とともに、立てつけの悪い扉がガラガラと開かれた。  軽やかな足音が教壇のあるあたりまで来て止まる。  この日が、全ての始まりだった。――ま、そんなありがちな展開ってやつを想像しながら、ゆっくりと顔をあげる。 「あ」  目の前の光景に、俺は絶句した。  何を隠そう、そこにいたのは朝俺が全カで突き飛ばしてしまった被害者だったのだ。 「ん? どうした、たっちゃん? そんなにどストライクだったのか?」  稔が後ろからつついてきたが、今はそれどころでない。  クラスで俺だけが凍りつく中、そいつはス力一トの前で指をもじもじさせながら囗を開いた。 「徳川中から来ました、山瀬涼です。よろしくお願いします」  茶色っぽい柔らかそうな髪が、ぴよこんと揺れた。  「おお、力ワユイ」  後ろのほうで稔が唸ったが、その点だけは共感できた。  ま、何かが始まる予感はしてたな。  この時から。  どうやら涼は、重度の対恐怖症らしかった。  一時間目の休み時間から押し寄せてきた女子の軍団に、 「あ」とか「う、うん」しか答えないし、最後には顔を紅く染めてうつむいてしまう始末だ。  結局、三時限目には物好きな女子どもは散っていってしまった。  おかげで引っ込んでいた気の小さい男子たちはようやく遠巻きに眺める機会を得る。  もちろんここで活躍するのはザ・べストオブ・へンタイの稔である。 「俺的にはポ二ーテールが高ポイントだな。胸はC……いやD? ん〜、俺的にはぺったんこの方がいいんだけどな〜。いいよね貧乳!」  いやそんなこと言われてもますますお前の人間性の評価を下げる原因にしかならんぞ。  俺は教室の扉にしがみついた稔をすっぱりさっぱり無視すると、話題の転校生を見る。  整った顔立ち、華奢な体形、上品で控えめな仕草。  ま、確かに美人……ではあるのだけれど。 「ううむ……何だか可哀相だな」  俺は思わず呟いた。  あそこまで人嫌いだと、ちゃんと友達作れるのかとか余計な心配をしてしまう。 「だったら話しかけてみりゃいいじゃん」  と稔。 「あ、話す時は好きなア二メとか聞いといてくれよ? ついでに恋愛事情とかも」  真顏で接近してくる稔に 「アホか。俺はそこまでデリカシーのない男じゃねえ。聞きたきゃ自分で聞け」  と返しながら鳩尾に突きを入れてやる。  ついでに言えば、今そういう話は一番聞きたくない。  恋愛だあ? ふざけるな、はっはっは。 ……………… 「あ、あのさ」 「は、はい……?」  ああもう何やってんですか俺!  昼休み。  机にきちんと座って本を読んでいた山瀬に、俺はきっちリ話しかけてしまっていた。  ……念のため言っておくが、これは下心あっての行動ではない。ただ朝の件でケガをしてないかとか本気で心配だったからである。いやそれはもうフルスピードノンブレーキで突っこんでしまったわけだし? ちゃんと謝まらないのも男としてどうかと思ったから……なのだが。 「朝、さ」  何しろ相手が相手である。  彼女は申し分のない美少女、しかも頬を赤く染めてもじもじしながら上目遣いで見つめてくるもんだから、俺は視線のやり場にすら困る。  ――ええい、もう何とでもなれ!  俺は強引に自分を落ち着かせると、なるべく自然な口調で話しかけてみる。 「朝ぶつかっちまって悪かったな。ケガはなかったか?」  よし言えた。  俺はとりあえず小さく溜息をつくと、再び山瀬のほうを見る。 「……ん? どうした?」  しかし山瀬の方はというと、こね回していた指を止め、こげ茶色の瞳を見開いてこちらをじっと見つめていた。 「……」 「どうしたんだ?」  もう一度聞くと、山瀬は飛び跳ねるように全身をびくっと震わせたかと思うと 「あ、はい、その、ええと、大丈夫です、ごめんなさい」  と早口で言い切り、今度は顔を真っ赤に染めて机に突っ伏してしまった。 「えーと……あの……それは良かった。じゃ」  俺は掛ける言葉が見つからず、結局自分の机にすごすごと退散するしかない。 「たっちゃん、玉砕おめでとう」  稔が嫌みったらしい声で言ってきたので、俺は奴の鳩尾に今度こそ本気の正拳突きを食らわせてやったのだった。  もう二度と話しかけまい。そう心に誓いながら。    結局その後、山瀬は誰とも会話を交わさなかった。 「ぬぁぁぁぁぁんでだよぉぉぉぉちくしょー!」  翌日、俺はまたもや登校時間ギリギリに目を覚ましてしまうという悪夢を見た。  朝食も食わずにあたふたと身支度を済ませ、鞄を掴んで玄関に走る。  とりあえず履いたローファーは左右が逆だった。  おまけに靴の踵を踏んでいるせいで足が痛い。  と思ったら宿題が机に置きっぱなしだったことに気づき 「ぬあぁもう限界! どうせやってないし!」   靴を履くのもそこそこに玄関から飛び出す。 「……っ!」  いきなり差し込んだ日の光に、思わず目を眇めて足を止める。  今日も文句なしの快晴、初夏の太陽は健康でいらっしゃる。結構なことだ。  あとはこの暑さだけ何とかしてくれれば多分全世界に太陽信仰が広まるだろうよ。  そうすりゃ宗教間の対立もない。世界平和万歳。ラブ&ピース。 「ってやべ、遅刻!」   俺はとりあえず走り出す。  時刻は8時ジャスト。転校生が来たところで何も変わらない日常が始まっていく。  いつもの細い道を抜け、いつもの曲がり角を猛ダッシュで駆け抜ける。  時刻は刻一刻と迫ってくる。――ああもう、間に合わない!  昨日山瀬を突き飛ばしてしまった十字路を迷わず左に曲がり、今日は誰かにタックルをかますこともなくそのままフルスロットルで駆け抜ける。胸が苦しいのは気合で我慢!  と、その時、前方に見慣れた後姿を見つけた。 「って、あれ稔じゃん」  こんな遅刻ぎりぎりの時間に登校してくるとは珍しい。  俺はからかう意味も込めて肩を叩いてみる。 「よっす稔。どうした? 昨日何時まで起きてたんだよ」  「ゲームで徹夜」とか「夜のお仕事」とかヘンな答えを期待しつつ聞いてみると、以外にも稔は何も言わず、ただ黙ってこちらを振り向いた。  そこには。 「うっわ、どうしたんだよその顔」  くっきりと刻まれたクマのせいでどっかのスラム街にいそうなアル中患者のように変貌を遂げた稔がいた。 「……なあ、たっちゃん」  しばらく無言で歩き続けた後、よほどしてから稔はぽつりと呟く。 「お前、幽霊って信じるか? 俺昨日見たんだけど」    ……え? なんつったこいつ? 「……はあ?」 「だーから」  稔は忌々しそうに歪めた顔を近づけてくる。 「お前は幽霊を信じるのかって聞いてるんだ」 「……何かあったのか?」  俺はとりあえず話を逸らすため、こちらから質問を繰り出す。  正直、稔の口からそんな言葉が出ること自体有り得ないのだ。  こんな奴だが以外にもしっかりした性格の持ち主で、科学で説明できないものなど存在し得ないのだと豪語しているような奴だぞ。  視線から俺が何を考えているのか理解したのだろう、稔は一瞬今にも噛み付きそう表情になったが、やがて落ち着きを取り戻すと疲れきった口調で話し始めた。 「……実は昨日、夜の2時ころコンビニに行ったんだけど〜、帰りにコンビニから出た時にふっと道端の暗がりを見たらさ〜、黒いどろどろした得体の知れない塊があってさ〜、何だろ一と思ったら……真っ白い着物着た女だったんだよ〜! 怖かった〜、本気で死ぬかと思った〜」 「エイプリルフールにはまだ早い。怪談をやるんだったらもっと具体的にそしてもっと声にメリハリをつけて言え」  だらだらと間延びした稔のトークを、俺はきっぱりとした口調で遮った。 「ったくよ一、幽霊とかいるわけねえじゃん。だいたいそんなもんが実在したら世の科学者どもの立場がなくなっちまうだろ一が」 俺の言葉を聞いた稔は、反論しようとしたのか鋭い目つきになって口を開きかけたが、さすがにここは反論すべきではないと思い直したようで、 「うーむ……まあ、それは、そうか」  と納得いかなさそうな口調で肯定した。なんでこんなにむきになってんだよ、こいつは?  ったく、幽霊なんて非科学的なもんを稔が真剣に語るとは。一度精神科医に行ったほうがいい。きっと統合失調症かなんかにかかってるんだろう。 「全く、お前らしくもない……あ、やべ」  そうこうしているうちに、俺たちは学校の校門をくぐっていた。  案の定そこに生徒は一人もおらず、時計を見ずとも遅刻していることはすぐ分かった。 「おいおい嘘だろー!?」  稔がさっきまでの鬱モードはなんだったんだと言いたくなるほどの大声で叫んだ。  俺たちは力いっぱい地面を蹴り、昇降口めがけて全力疾走する。 「全くお前らは! いい加減受験生としての自覚を持て!」  息を切らしながら(特に稔は死にそうになりながら)教室に駆け込んだ俺たちは早速ヅラ教師に呼ばれ、一時限目の前の休み時間を丸々使った説教を食らうことになった。  まあ、こんな間延びした説教など怖くもないし、そもそも聞く必要などない。  しかしちらりと横を見やると、稔はかなり落ち込んでいるようだった。  くどいようだが、こいつは案外しっかりしているのだ。ただド変態なだけで。いやそれが致命傷なのだが。 「特に竜川! お前は昨日も遅刻したくせにまた遅刻するとは反省が全く見られない!」  なんて思っていたら突然矛先が俺のほうへ向いた。 「すいません」  一応謝っておく。教師は教師だからな。 「ふんむ」  俺が頭を下げると、ヅラ教師は妙な鼻息を漏らしてその場で180度反転、 「まあいい、とっとと準備したまえ」  と呆れた口調を肩越しに放りながら去っていった。やれやれ。  俺はごきごき首を鳴らしながら自分の席へと帰還する。 「朝からツイてねえよなぁ……本当にツイてねえ」  ついてねえついてねえ、と愚痴りながらも、とりあえず次の時間の用意をすることにする。人間気持ちの切り替えが大事なのさ。 「……えーと……あれ? あれ? あれ……? ……嘘だろおい!」  ……と思ったのですがーどうやらノートがないようなんですねー? あはははははーはーはー……  思わず体をのけぞらせて天井を仰ぐ。   俺の鋼の精神はあえなくぼっこぼこにされたのだった。  なんというか……不幸だ、昨日といい今日といい。 (あー、そういえばどうしてんだろあいつ)    ふと気になって山瀬の方を振り向くと、彼女は相変わらずぽつんと椅子に座って本を読んでいた。  やはり、あの性格では会話もないのだろう。気の毒な奴だ。 「あ」 「……!」  と思ったら視線が合った。  山瀬は一瞬凍りついた後、顔を真っ赤に染めて慌てて視線を逸らす。  どうしてこんなに人嫌いなんだ、あいつは?  まあどうでもいい。俺は小さく溜息をつくと、視線を手元の鞄に戻して絶望的と分かりながらもノート探しを続行した。